放火

自分のユーザーネームが放火であることを思い出した。

不謹慎だけれどブログを始めた頃の怨念とかが名前に刻まれているので変えるつもりはない。

 

 

高校卒業したあと、高校に放火をしてやろうと本気で考えていた時期があった。話を聞いてくれなかった教師と家族への腹いせで。

脳内で緻密に犯罪計画を立てていた。何曜日の放課後は職員会議で教師は別館に行くから、その時に人から怪しまれないよう高校のジャージを着て学校に潜り込んで職員室の奥まったところに火をつけよう。

職員室前のコピー用紙の山にもうまいこと火をつけて逃亡しよう。脳内で何度もシュミレートした。

人を殺すのじゃなくて人を困らせたかった。あなたたちが私を放置したせいでこうなったんだという自分の怒りを伝えたかった。学校の存在が憎くてたまらなかった。

でも最後に通った学校にいる間ずっと忙しくて、次第にやる気が失せていった。死傷者がたくさん出た放火事件の報道を見てその気は完全に無くなった。精神状態が少し良くなってこのやり方は間違っているなと考えられるようになったのもある。

恨む気持ちはそのままだったので文章に自分の気持ちを表すことにした。放火しようと考えていた頃からの怒りをぶつけたくてなんとなくこの名前にした。

 

 

放火しなくて本当によかった。恨むべきは母親なのに。でも頭では分かっていても怒りの矛先が学校に向いてしまう。

中学卒業したての頃も中学校に放火することを考えていた。不当な扱いを受けたり困り事を相談するも教師から妄想扱いされたりして、もやしくんのようなかまってちゃんへの対応しかしない中学の構造が憎かった。助けてと言っても助けてくれなかったことを恨んでいた。

中高の頃は私は本当に頭がおかしくなっていたので腫れ物扱いされても仕方がなかった。教師も簡単に「病院行きなさい」なんて言えないでしょうし。

教師からしたら理不尽だろうけれど、私にとっても理不尽だったことを知って欲しかった。

 

 

今年の目標は「自己憐憫を減らす」にした。自分可哀想!!とたくさん書いてきたし、カウンセラーもついているので減らしたい。

一人でいる時に「自分かわいそ!」と言うのが最近の癖。ちょっとキモいのでそれもやめたい。

覚えている限り対面で、カウンセラー以外の誰かに自分可哀想と主張したことがほぼないのでまだマシな方(?)かもしれない。けれど自分を育てるためにもそれを減らしてポジティブにならないと。