冒頭で主人公が死ぬ劇…

小学六年の時に見た演劇が、色んな意味で印象的だった。

あらすじはよく覚えていないけれど、女の子が主人公だった。お母さんを憎むような恨むような感じの話を、南の島の裁判所でする謎めいた劇だった。

 

 

冒頭で主人公が飛び降りる演出があった。公園で友達と駄弁りながら高い遊具に登って、背中から落ちた。

暗転して友達たちは主人公の名前を慌てて呼ぶ。この瞬間が劇の中で一番盛り上がった。

しばらくすると明かりがパッとついて、さっきの出来事は何もなかったかのようにまた子供たちが駄弁っている。もうこの時点で「?」まみれ。

この後南の国に飛んでいって、動物が仕切る裁判所で裁判をして、鳥の格好をした主人公の母親が登場したりして、いつの間にか劇は終わった。めちゃくちゃな夢を見ているみたいな構成だった。

子供にはつまらない内容だった。やたら話が重くて誰も楽しめない内容だった。

母親が教育虐待めいたことを主人公にして、愛情をくれない母親に苦しんでいるような感じの話で…。

冒頭のシーンや、終盤南国の雨に打たれて「雨、冷たくない…」という含みのあるセリフを放ったことから考えるに、冒頭で主人公は自殺を図っていて、南の国での出来事は死ぬ直前に見た夢なのではないかと考察した。

劇が終わってからその話を友達としたら「きっとそうだよ!」と納得してくれた。笑

 

 

大人のエゴに振り回されて犠牲になった子供の話。

低学年は理解不能で退屈だったと思う。誰でも楽しめる、明るくて楽しい劇がみたかった。私も退屈だった。

誰が脚本を書いてしまったんだ…。誰がこの劇を選んでしまったんだ…。ちゃんと劇の内容を見て決めたのか…。

大人も子供も楽しめると銘打っていたようだけれど、いやーきつい。

ああいうシビアで子供にはわかりにくい題材は事前にアンケートを取るべきだと思う…。子供らに見せて面白かったかどうか聞くべき。

自己満足で作品を作るって大切!と私は前言っていたけれど、人に見せるかつ商業的なものの場合はやはり違ってくるんだな…と感じた。

色んな意味で話題のバルミューダフォンも「こういうスマホを使いたい!」じゃなくて「こういうスマホを作りたい!」という理由で作られたから失敗したんだとネットの誰かが言っていて、的を射ていて納得した。実際何を考えてあのスマホが作られたのかはわからないが。

この劇の脚本を書いたも「人を楽しませたい!」よりも「自分が書きたい!」気持ちがデカくてこうなってしまったんだろうか。

私も自分の創作物を作る時はなるべく「見た人にどう思われたいか?」と考えることを心がけたいと思う…。はい…。